年始のご挨拶と自分整理の為のあれこれ。今年は「選択」の年。

皆様、明けましておめでとうございます!CuiCuiフォトグラファー沼山かおりです*

年明けてもう10日ですが、本日から営業開始致します。

去年撮影させていただいた方、お世話になった方皆様に感謝と

今年もよろしくお願いしますの気持ちを込めて、

そして自分の整理の為に、

仕事始めの今日、つらつらと書かせて頂こうかと思います。

文章のお供は、実家に帰省前に旅行した奈良の写真です。

雑誌『POPEYE』のガールフレンド特集「奈良クラシックデート」を参考に、

レンタサイクルであすか村の古墳巡りをしたものの、

ケチって電動にせずに普通のママチャリを借りてしまい、

ありえない様な山道をヒーヒー言いながら漕いだり、

とにかく寒くて寒くて後ろに乗る息子の手がキンキンになってしまうし、

息子にとっては古墳なんてちっとも面白くないしで、

全くオシャレにまとまらなかった旅となりました。

キトラ古墳に来ましたが、年末の為に古墳の壁画を観れる美術館も閉館。

とりあえず、古墳前でアンパンマングミ食べときました!

 

さて、2017年が終わって2018年がスタートしましたが、

今年は個人的に節目の年かなと思っています。

2013年に独立してフリーランスとなり、その年にまさかの妊娠発覚、

2014年に息子を出産して3年間は子育てと家庭と仕事の両立にギャーギャー言いながらも、

できるだけの事はやろうとやって来ました。

2014年息子0歳、2015年1歳、2016年2歳、と

年々子育ても楽になって来て、家庭との両立もペースがつかめて来ましたし、

売上も上がって来て、去年2017年息子3歳の年、

人生の中で最高額の売上を達成出来ました。

 

私の仕事は、「お金を稼ぐためのもの」という以上に私の人生にとって意義のあるものですが、

仕事によって失っているものも、犠牲にしているものは確実にあると思うので、

対価としの売上は私にとっては大切な指標です。

写真は、日本最古の大仏様がいる飛鳥寺の裏手の『蘇我入鹿の首塚』前に移動しております。(またしても、息子にとってはなんの興味も湧かない渋いスポット。)

 

そして話は戻りますが、

過去最高の売上を達成した去年ですが、同時に個人フォトグラファーの限界を悟った年でもありました。

 

私が仕事と家庭の両立で一番苦労したのが、「自分のキャパシティの把握」だったのですが、

それが息子2歳の一昨年位には大分掴める様になって来ました。

秋の繁忙期の様に、いっ時ならばスーパーサイヤ人になって乗り切れる位の表面張力はあるものの、

基本的な自分のキャパシティは決まった分量のタンクでしかありません。

仕事に注ぎ込めば、それだけ家事が辛くなり、息子の対応にも余裕がなくなって来ます。

なので、その時々の子供の様子や夫の仕事量などを見ながら、

自分の仕事を最大限にやるというバランスでやって来て、

ついに去年、最大限までやり切ったな、この辺が私のテッペンだろうという所を見た気がします。

私がフォトグラファーさんを何人か抱える経営者なら、テッペンなんてまだまだと上(売上という面だけでの上)を目指せると思いますが、

身一つでやっていて、可愛い息子もいるしね、いちを家族分の家事もあるしね、

そうすると限界は簡単に訪れます。

35歳ともなると健康面でのアレも出てくるし。

そんなこんながあり、今年は節目だと感じていたのです。

2018年は売上としては上を目指さず横を。

そして、内面での「満足」をより上げていこうと思っています。

それは「仕事」と「子供」どちらもです。

私はこの仕事を始めてから、仕事に対してはずーーーっと満足しています。

 

あるフォトグラファーさんが、

「家族写真のフォトグラファーの仕事は過酷だ。」と言いました。

これは誤解があってはいけないので補足しますが、「辛い仕事だ」と言ってるわけではないと思います。

お子様や家族の写真を撮る事は沢山の幸せに包まれていて、

私達フォトグラファーも幸せをもらっている幸せな仕事である事は間違いないです。

しかし、そこにある「期待」と「責任」がとても大きいので過酷だ、と言っているのだと思います。

 

「私達は魂を削って撮っている」と言ったフォトグラファーさんもいて、

嗚呼、本当にその通りやでーと思ったものの、

私は『過酷』という表現をする様な感じは全くもってないという事に気づいて、

面白いな〜とひとり考えてみたのです。

写真は、こちらも「POPEYE」をみてかっこいい!!と予約した奈良ホテル。

アインシュタインが弾いたピアノもあったりと、歴史のあるホテルです。

 

で、また話を戻しますが、

過酷だというフォトグラファーさん達は、

「親御さん、お客様の期待に答えたい。お役に立ちたい。満足してもらいたい。」

という想いが特に強い様です。

そういう気持ちで仕事をする人は本当に素晴らしいですし、お客様だってそういう想いで撮影してくれるフォトグラファーに撮ってもらいたいと思うはずです。

で、私はと言うと、全然過酷と思ったことがない。

つまり、あんぽんたん。

って訳ではないはず!

でも、よくよく考えてみると、私は

「親御さんの期待に答えた写真を撮りたい」という様なプレッシャーは殆ど感じていない事は確かです。

私は、撮影に臨む時に緊張しないタイプで、例えば同業者からの依頼であっても殆ど緊張しないのです。

それは自分の写真に自信満々だからではないです。

多分、私は「自分が撮りたい写真がかなり明確」なタイプのフォトグラファーで、

その「私はこういう写真が撮りたい」という事を割と文章でも発信していると思っていますし、

お客様はそのどちらも理解した上で私にご依頼をして下さっていると、

そこの部分で「自信」を貰っているからではないかと思います。

自分の中での写真の成長や課題はまだまだありますが、

お客様のご依頼自体が、

「お前に頼んでるんや、お前の写真でいいんやで、そのお前の感性で我が子を撮ってくれや。」

という、なぜ関西弁になったかは分かりませんが、

とにかく、暖かい肯定を貰っている様で、

なので私は、本当に好きな様に撮らせてもらえています。

ただただ可愛い、愛しい、その感情を被写体とシャッターに放出させているだけ。

過酷と感じないのは私が鈍感なだけかとも思いますが、

私は、私の満足がまずあってこそ、お客様にも喜んでもらえる写真が撮れるのではないかなって思ってますので引き続きこのスタイルでいきたいと思います。

しかし、お客様の「お前に頼んでるんや」の肯定は同時に責任の重さが増す事でもあります。

過酷では全然ないのですが、年々「責任」というものが大きくなっていく感覚はあります。

そして私の中でも、お客様ひとりひとりの大切さが増してゆく。

 

私がブログを一生懸命書くのは、私自身にとってお客様との思い出が大切だから。

ここでもかなりの自分本位なのですが、

私が過去のブログを見てひとりでじんわりする為のものと言っても過言ではありません。

あとは撮影中は撮らなきゃいけないから、

本当は可愛くて可愛くて、抱っことかチューとかスリスリとかしながら

「かわいいん!!かわいい〜〜〜!!」とか叫びたいのですができない鬱憤をブログで晴らしているという部分も。

 

でも、私のお客様は本当によく私のブログを読んで下さっていて、

そこから感じてくれた事をメールで下さったりと、

独りごちてるだけでなく、伝わる事があるのかと本当に嬉しいです。

そういうやり取りもあるので、益々大切になってきます。

先に売上の話なんかしたけども、気持ち的には、

「これは仕事なんか、それとも趣味なんか、人生なんか!?」という程なのです。

でもここで話が戻り、私のキャパシティは分量の決まったタンクだということを忘れると痛い目に合います。

この写真は、クラシックでかっこいい奈良ホテルでインスタ映えする写真撮ったろうと目論むものの、「もうお写真撮らないでよーーーー!!!」と怒って泣く息子です。

やはり私はインスタ映え写真撮れないな。日常なんだ。

 

そしてまた話を戻します。

独立して5年目。

「この人に頼んでみよう」から「ぜひ沼山さんに撮って欲しい」という感じに変化してきた事を感じます。

 

私の写真、構図や技術的なものは全然唯一無二じゃないし、特に上手いわけでもないと思っております。

ただ、赤ちゃんや子供を被写体にした時の感情ですね、

その母性の爆発を落ちついてムラなく、全てのお客様の写真に落とし込める事は割と無二じゃないかと思っています。

写真というのはクリエイティブ?なものだと思うので、割と自分のコンディションとか精神状態に左右されると思いますが、

緊張しないというのと同時に、どんなタイプのお子様でも、私のプライベートで何があろうとも、ムラなく撮れるし愛せるというのは自分でもいいとこだと思っています。

被写体による個性はあるものの、

私の現能力内では「今日はうまく撮れなかった」みたいな日がありません。

(newbornのポージングはまた別なのですけどね〜。)

でも自分でどう思ってるかというよりも、

お客様が「沼山」と言って下さっている事が全てで、私だってそこの部分の期待には絶対答えたいし、逃したくない。

でもその量が増えた時に、そこを拾って行き続けると私のタンクから仕事以外の事が溢れてきてしまいます。

去年の11月にその限界を見た自分として、今後は「選択」の年になると。

そして、目一杯仕事をするよりある意味辛い事、

「捨てる」勇気を持つ年だと思っています。

息子、ぶすくれておりますが、

Twitterである方が、

 

“30代は「捨てる」事が本当に大事な時期。

「人から期待されること」を最優先にするとどんどん人生の軸がブレて行くので、

「自分が納得すること」を最優先にする為に「捨てる」。”

 

とツイートしており、ほんまやな〜と。

 

自分は元々、人から期待されること重視で動いてきたタイプではないですが、

3年間色んな感情をブンブン振り回しながらやれるだけやってみて、

自分の容器が見渡せるところに来たので、

今年は「自分が納得すること」「望む事」をさらに「選択」していく年にします。

分量としては「捨てる」事も必要になるかとは思いますが、

質を上げる事で、自分自身と目に見えるお客様の満足は捨てない為の仕事の仕方をしたいです。

具体的には、撮影会とnewbornの形態を変える予定です。

撮影会に関してはリピーターさんにはご迷惑をかけてしまう事もあるかとは思いますが、ご理解いただければと思います*

詳しくは今月中に、春の桜の季節の撮影会に関するお知らせブログを書きますのでそちらをご確認下さい。

またnewborn photoはニュープランをリリースする為にHPを一旦閉じます。

(閉じている最中もニュープランでのご案内は可能です。)

最後は奈良公園にて。

鹿が怖いけど触りたい、けど怖い息子が何とか撮れた2ショットです。

これで鹿がこっち向いてたら息子はもう無理だったでしょう。

 

と、長いこと自分本位な事ばっかり語ってしまいましたが、

今年もご依頼頂いた全ての撮影を大切に大切に撮っていきます。

今年一年もまた凄いスピードで成長していってしまう君達を逃さない様に。

また一年、どうぞよろしくお願い致します*

年越し時差プリントの勧めと、自分の写真には『色』があるのか問題について。

こんにちは。CuiCuiフォトグラファーの沼山かおりです*

この夏に、ずっと習いたいと思っていた「文章を書く」為の講座に通い、

先週全5回の講義が終了しました。

目的としては、このブログがより皆様に伝わりやすいものになればという事だったのですが、

本来「書く」事は大好きで、学生時代からずっと「思った事を書く」という事はし続けていました。

ですが、子供が生まれてからは、プライベートで「書く」という時間はなかなか持てなくなりました。

また、人の親になった事による自分自身の変化、つまりただただ子供が可愛い毎日に、

ペンを握ってみても、「息子可愛い。ちゃわいい。ちゃわちゃわ♡私が背を向けて寝ると寂しがってグイッと引っ張ってくる♡」など、

もうバカみたいな文章しか出てこなくなり、書く事から遠ざかっていました。

 

このブログの更新は割とマメにしていますし、

写真をみてもらう為のものにしては文章量が多いとは思います。

ですが講座に通い、もう一度書く事をちゃんとしてみたいと思った事もあり、

自分が書きたい事を自由に書くコーナー(?)も設けてみようかと思います。

このブログには「カテゴリー一覧」なるものがございますが、

その中の『コラム』というカテゴリーで書いて行きたいと思います。

そしてさらに、書く力を鍛えていって、ゆくゆくは

取材に行って写真を撮る、かつ、書くという仕事をしてみたいな、なんて思います。

(お仕事お待ちしています。人件費も削減出来ますし。)

さて、このフィルム写真ですが、夫が撮ったものです。(夫もカメラマンです。)

0歳の時の息子。

で、この写真が現像されたのが最近なので撮影日から3年程経っております。

夫は仕事以外で、なかなかの量の写真をフィルムで撮ります。(多分本人的にはまだまだの量なのだと思いますが。)

撮るには撮るけど、現像のタイミングを逃し、家には大量の未現像フィルム。

ですが、最近やっと一部を現像に出すとの事で、300枚のプリントを持って帰ってきたのですが、その中に26枚だけ私と息子の写真がありました。

え、300分の26?とお思いの方もいらっしゃると思いますが、はい、そうです。

 

で、枚数はまあいいのですが、とにかくもこのフィルム写真の玉手箱感?

違うな、タイムカプセル感ですかね、

が、すご〜くいいなと思ったのです。

フィルム写真の「時差」感って本当に良くて、

今息子は3歳ですが、もう一度0歳の頃の新しい息子に会えたという感じ。

また、この写真は夫の目線なので、私が知らない、もしくは見ていなかった息子にもう一度出会えた感じで、大層徳をした気分になります。

そこでこんなのはどうかなと思ったのです。

皆さま、「写ルンです」を買ってですね、旦那さまに「これでテキトーに気が向いた時でいいから子供を撮って」と渡します。

マメじゃない旦那さまの方がいいと思います。1本の「写ルンです」を消費するのに3年もかかる様なタイプの方がいい。あと別に写真が上手い必要は全くない。

そして使いきった頃、0歳だった息子も今や3歳という頃に現像に出すわけです。

その時の「現像を待つ時間」と「フィルム写真を見る時間」のワクワク感とか高揚感ってすごいです。味わって欲しいと思います。

そして、「私が見てなかったかもしれない新しい過去の我が子の姿との出会い」をしてみて欲しいです。

要は、自分が撮った子供の写真はもう知っているし、

自分が見てきた子供の姿は全てだし、

それ以上なんてないだろうと思っていたところに、

時間差で「まだあった!!」という感じを味わえる、という事です。

よければ、「遊び」だと思ってやってみて下さい。

 

あともう一つ、今日書きたい事。

自分の写真には『色』があるのか問題についてです。

 

昨日の話ですが、家族写真を出張撮影するカメラマン仲間4人でディナーをしました。

皆子供がいるのですが、「今回は絶対子なしで、何としてでも夫に預ける、そして夜に集まる、お酒を、お酒を飲む」という意気込みで調整して集まりました。

私たちの素晴らしいところは、誰からも夫の愚痴なんかの話題が出てこないところにもありますが、

ほとんどが仕事の話になる、というところです。

 

皆同業なのでライバルではあるのですが、

私たちは割とそれぞれが独立しつつも横の繋がりを大切に、皆認め合っているという雰囲気です。

それは、同じ写真を撮るのでも、カメラマンの『色』(そのままの意味の色でもあり、構図や感性の違いのイロでもある、カメラマンのキャラって意味もある)がそれぞれ違っており、

お客様が好みのカメラマンを選び、

私たちは選んでくれたお客様を大切に、ただ一生懸命撮るだけだと、

その様に思っているので、

他を蹴落とす事に何の意味もなく、努力すべきは自分のみであるから認め合えるのだと思います。

 

そんなこんなで、『色』というか、まあ個性とも言えると思いますが、

それはカメラマンにとっては大事なものであります。

だからこそ昨日の会でも、

「私の写真に果たして『色』なるものはあるのだろうか、どこかの誰かでも撮れる写真なのではないか、確立していないのでは」という葛藤の話になりました。

 

そこで、「本当そうだよね!分かる!」とならなかった自分。

それはあたかも、「そうかそうか、君たちはそうかも知れないけど私は確立してるんでノープロブレム。」

といった様な態度とも取れそうで、どうなんだろうかと思ったものの、

その事に関してもっとよく考えてみたくなりました。

 

ひとつ思うのは、「商品」としての価値といういう意味で『色』の好みを選別するのはお客様であり、少なからずでもプロとして売れている場合はその時点で色がない人はいないのではないかという事です。

ただ、私たちが葛藤する『色』は自分自身の中の問題なのだと思うのです。

だから周りが「あなたの色はちゃんとありますよ」と言っても、

自分で自分の思うひとまずの『色』までは、自分でたどり着けたと思えないといけないものなのだろうなと。

ただ自分の中の『色』なんて不安定極まりないから、

その前に、どんなお客様でも状況でも安定したクオリティの写真を提供できる

という事の方が大切なのではないかなと思うのです。

『色』、つまり個性がなければ、お客様からは選ばれにくいので重要な事には変わりないのですが、最重要ではないのではと。(ニューボーンフォトだとまた違うとも思いますが。)

もし自分の中で何か確立していない感があるとして、

それを個性がないみたいな問題にすると、けっこうつらいのではないでしょうか。

ただ、まだクオリティが不安定なのであれば、それは場数を踏めば絶対解決します。

安定してくる頃には『色』は嫌でもついてきてしまうし、むしろ今度はそこに自分の限界を感じて突き破りたくなって、人の『色』が気になる。

 

お客様に「沼山さんに撮ってもらいたい」「沼山さんの写真が好きです」と言ってもらえるのは本当に嬉しいし、

それがなくなってしまったら生きていけないのですが、

誰が見ても沼山かおりの写真と分かるものを提供したい、みたいな感じはあまりないのかもです。

他から言ってもらえる事はとても大事ですが。

 

何だかもっと掘り下げてみたくなる問題ですが、ひとまずこの辺でお終いにします。

 

しかし、昨夜は本当に楽しかったです。

子なしでちょっとお高め6,000円のタイ料理のコースとお酒in新丸ビル、贅沢な時間でした。

みんな楽しい時間をありがとう!時間がまだまだ足りなかったしまた行きましょう〜*