我が家のかわいいたん達の事などツラツラと。

こんにちは。CuiCui Photo Works 沼山かおりです*

今日は久々に息子達の事なんかをツラツラと書こうかなと思っています。

我が家の「かわいいたん」(あだ名のひとつ)こと次男、8ヶ月になりました。

早いなとはやはり思うものの、未だに慣れない?というか、

我が家に赤ちゃんがいるという「ギフト感」がずっと続いています。

確かに私が産んだのだけれど、特別な贈り物感みたいなものがあります。

「え?なんか小さいかわいいのがいる!」

「え?こんなかわいい赤ちゃんを毎日うちに置いておいていいのですか?」

という感じ。

次男を産む前、長男溺愛の私は、

「もう1人可愛いってどういう事だ?」と疑問に思っていましたが、

もう今や、次男可愛い。可愛すぎる最高。となっております。

決して、長男より次男が可愛いという意味ではないのですが、

「より小さいもの」はそれだけで可愛さのレベルが高い。

やはり赤ちゃんというのはスーパー可愛いんである。

腕や足もスラリと伸びてきた5歳の長男の横に、

ちんまりとお座りしている次男。

ブロックが上手く作れないだの何だのギャーギャー騒いだりものに八つ当たりをしている長男の横で、

にこにことお手手パチパチしたりしてちんまりとお座りしている次男。

この、目に飛び込んでくる単純なビジュアルの差がすごいよねと正直思うのです。

よく聞く『上の子可愛くない症候群』というのはコレなんじゃないかと思う。

決して上の子が可愛く無くなったのではなく、

下の子(赤ちゃん)が可愛すぎるだけなのではないかと。

思わず太字にしてしまいましたが、

本当何しても可愛いのであります。全てが尊いのであります。

これはinstagramにも載せましたが、今我が家で流行っている次男のマッサージ屋さん。

しっとりと湿った小さなお手手で頭を撫でてくれたり、

ほっぺをペチペチしてくれたり、鼻フックしてくれたりして、

大層癒されます。

皆で順番待ちしてやってもらっています。

0歳のいるご家庭は是非やってみて下さい!

うちはチェキをおもちゃ箱に入れて、長男が自由に写真を撮れる様にしていますが、

先日、寝ている次男の寝顔が可愛かったらしく、

1人でそっとチェキを取り出しカシャー!!と撮っていました。

そうだよね、写真は心が動いた時に撮ればいいんだよ。

私も仕事でもプライベートでも、心が動くから撮るという事しかしていません。

3歳の女の子の七五三の撮影をしていると、本当にみんな可愛くて可愛くて、

だからその時は「女の子も産んでみたいものだなあ」と必ず思ってしまうし、

新生児さんの撮影をすると、本能でもって、「嗚呼、また産みたいなあ」と思うのだけど、

私にはこの2人の男の子以外の子はありえないし、

次男の妊娠時の様な、産むまでつわり地獄はもう本当に無理であるので

私の子供はこの2人だけ、

もう「産む」という事は、それをするのは勿論、考える事も私はお終いで、

子育てはまだまだ続くのだけれど、

何だか大きな選択とかプロジェクトが一区切りした様な気分でもあります。

今後数年は、この2人との時間を大切に、

仕事も量より質にこだわり、

自分でしっかり舵を取れるようにしたいなと思っています。

2人目を産んで分かったこと。

こんにちは。CuiCui photo works沼山かおりです*

5月の復帰に向けて機材のメンテナンスが完了。

あとはプランのリニューアルとホームページのリリースを進めています。

新商品や、妊婦さんに嬉しいプランを用意していますので

周りに妊婦さんいましたらご紹介頂けると嬉しいです。

さて、おそらく人生最後の自主育休(フリーランスなので何の手当てもない。これ国がどうにかしてくれないかな。)を満喫中のわたし。

次男は2ヶ月になり、諸々順調です。

新生児期、確かに可愛いし尊いのですが、

2ヶ月目辺りになってくると顔がしっかりとしてきて、

『新生児顔』から『うちの子顔』になってきて、

そんでもって、「あ〜」とか「う〜」とか「ふう〜」とか喃語がとにかく可愛くて、

顔を覗き込むとにっこり笑ったりして可愛くて、

もう吸い込むか飛び込むか爆発するかという可愛さ。

そう、2人目で分かったのですが、

自分のお腹で十月十日育てたとは言え、

自分のお股から出したとは言え、

我が子とは言え、

産まれたばかりの赤ちゃんは『初めて会う人』。

だから、不思議に思ったり、人見知りしたりするのは当たり前の事で、

それがお世話すればする程、一緒に過ごす時間を重ねる程愛情が増していって、

私個人の意見としては、血より時間なのかもと。

新生児期、まだちょっと他人行儀な不思議な感覚があったのですが、

2ヶ月目辺りから慣れてきて、堰を切ったように『母性』がブシャーという感じです。

そして、2人目の子というのは、

1人目で通過して失ってきているので、その月齢の尊さというもをよく分かってしまって、

もう毎日毎分毎秒泣ける位可愛い。

更にまあ、最後の子だろうから、

毎日毎分毎秒、最後の生後67,68,69日と

覚悟も了承もないまま時が過ぎて成長していくから、

もうどしたら?という感じです。

2人目は『孫』、3人目は『神』って言われてるの良く分かるな。

更に、自分の歳がいってる程グッときます。

これは最近のお気に入り仕草、『ハンドリガード』です。

少しほっといた後にパッと見るとこれをしています。

自分の手の存在に気付き、不思議そうにじっと見つめる。

そしてそれがどうやら自分の意思で動かせる様だという事を理解する。

 

お口をとんがらがして、プイプイと手を動かしている姿にもう萌えてしまって、

近付くと私の方を見ちゃうので、こうして部屋の外からそっとのぞいているのです。

 

長男4歳の、幼児特有の可愛さというのをここ数年堪能していた訳ですが、

すっかり忘れた頃に舞い降りた乳児の可愛さ、これはマズい。

そして分かったのです。

やはりこの『感覚』というものは覚えている事が出来ないのだという事を。

 

長男にも乳児期があった訳で、

当時は「こんな可愛いもの忘れるはずがない」と思っていました。

でも、子供はどんどん成長するし、

成長する毎に新しい可愛さがぽんぽこ出てきて、

こちらはそれに夢中になるし、夢中にならなければ、しっかり見なければ、

過去の可愛さに引きづられている様じゃ寧ろ駄目なんですよね。子育てって。

 

なので、今次男に感じているこの感覚、

ハンドリガードをそっとのぞいてる時に心臓がキュ〜〜〜〜ンとなるこの感覚自体を覚えておく事は出来ない、

それを2人目で真に理解しました。

 

だから『写真』なのですよね。

私が思うに、写真も単体では完璧ではないです。子供の『今』を残す手段とか方法とかモノとしては。

でも割と『ベスト』だとは思う。やっぱり。

 

写真に、今の自分の気持ちを文章で添えとくと完璧に近いかもと思います。

別にうまい文章である必要もないし、将来子供に見せる必要もない、

ただ、「嗚呼、きゃわいい♡きゃわたん♡ハンドリガード萌え萌えです♡」みたいな

頭のゆるい文章でいいと思う。

実際乳児の子育てしてると言葉の能力は低下していってこうなるし。

イラストもいいと思う。

私は手帳とかその辺にある紙に絵を描いて写メしてデジタル保存もしたりしてます。

でも『文章』も『イラスト』も割と主観が強くて、

得意不得意もあるし。

でも『写真』は基本事実しか写らないし、

何より裏切らないです。

 

バシャバシャと兎に角沢山撮ればいいというものでもなくて、

心が動いた時に撮ればいいと思います。

そしてたまにプロに頼むのもいい。

でもプロのカメラマンなら誰でも

その心のままの、「そうそう、今の我が子のこういうところを残したいの、愛しいと思ってるの。」

と思える様な写真を撮ってくれる訳ではないです。

写真的な旨さより重要な『何か』が必要なんですが、それが何かは私も模索中。

 

今回2人目出産で、子供の今の尊さを改めてビシビシ実感してる身としては、

やはりお客様の、とりわけのママの感情に可能な限りフュージョン、融合する様な写真をやはり撮っていきたいなと思う。

 

いくら堪能したってしたりない位可愛くて、

すごいスピードで成長していく我が子たち(自分の子も、お客様の子も)だから、

これが、この『写真』があれば一先ず大丈夫と、

安心して成長を見守れる様に、自分のお守りの様に、

改めて写真を撮っていきたいです。